大判例

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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)192号 判決

岡山県井原市井原町1398番地

原告

新興繊維株式会社

代表者代表取締役

鳥越浩

訴訟代理人弁理士

倉内義朗

広島県府中市目崎町762番地

被告

リョービ株式会社

代表者代表取締役

浦上浩

訴訟代理人弁理士

石川泰男

細田益稔

同弁護士

加藤静富

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当時者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成1年審判第12037号事件について平成4年7月29日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、意匠に係る物品を「ボート」とし、その形態を別紙第1のとおりとする登録第764263号意匠(昭和62年4月21日出願、平成1年3月22日設定登録、以下「本件意匠」という。)の意匠権者である。被告は、原告を被請求人として、平成1年7月13日、本件意匠の登録を無効とする旨の審判を請求したところ、特許庁はこの請求を平成1年審判第12037号事件として審理した結果、平成4年7月29日、本件意匠の登録を無効とする、との審決をした。

2  審決の理由の要点

(1)  本件意匠(その出願経緯は前項に記載のとおりである。)は、願書及び願書に添付した図面の記載によれば、意匠に係る物品を「ボート」とし、その形態を別紙1に示すとおりにしたものである。

(2)  引用意匠は、昭和61年4月25日、意匠登録第750149号を本意匠とする類似意匠として登録出願され、同63年8月10日、前記本意匠の類似第2号として設定登録されたものであり、願書及び願書に添付した図面代用写真によれば、意匠に係る物品を「オールボート本体」とし、その形態を別紙2に示すとおりにしたものである。

(3)  両意匠を対比すると、以下のとおりである。

a 共通点

〈1〉 両意匠の意匠に係る物品は、共に「手漕ぎボート本体」であり、同一と認められる。

〈2〉 形態については、両意匠共、平面形状を略長方形状とし、底面を中央部のやや船首寄りから船首先端の舳先に向け弧状を呈する斜状とし、それより後方部位を水平状とし、側面形状を略楔形とする上面開放状の偏平な箱形様のボート本体であって、その船首部は、上面を広幅の平坦状なデッキ部とし、このデッキ部に連なる左右の舷と船尾の両端部上面には、上面を水平とする細幅の縁状部を形成し、平面形状を略長方形状とする凹状の船体内部は、その床面船体に船首に対して略平行な横縞を桟状に多数現し、その略中央に前後に長い略四角錐台様の生簀を立設したという基本的構成態様において共通する。

〈3〉 各部の具体的態様において、デッキ部上面の船体際には、左右の舷の縁部から低い立ち上がり縁をコの字状に設け、船体内方に、生簀に相対向する左右に長い直方体状の座席を船体に密接して設け、左右の舷側外面に、大小の矩形状の凹部を複数個現した点において共通する。

b 差異点

船首部の形状においては、引用意匠が、平面視して舳先に向けやや先細状とし、その舳先をやや突出した略弧状としたのに対し、本件意匠の同部位は、略平行状とし、舳先を略直線状とした点、また、デッキ部の幅を本件意匠は広幅に形成したのに対し、引用意匠は幅狭に形成した点、さらに、デッキ部の中央にやや上方へ突出した面の区画部を本件意匠が現しているのに対し、引用意匠はその区画部がない点、船体上面の周囲の縁部においては、本件意匠がその4隅の角を斜状に切載したのに対し、引用意匠は切載していない点、座席においては、本件意匠が、先端部に設けたのに対し、引用意匠は、船体内の後部船尾に設けた点、底部については、本件意匠が、底面中央に山形の突起があるのに対して引用意匠はフラットである点に差異がある。

(4)  類否の判断

前記の共通するとした基本的構成態様は、手漕ぎボート本体としての意匠のまとまりの基調をなすものであり、顕著な特徴を形成し、この特徴は、共通するとした具体的態様と相まって、両意匠の形態上の特徴を最も良く現すものであって、類否判断を左右する要部をなすものと認められる。

これに対し、船首部の平面形状を先細状としたか否かの差異や、舳先を弧状としたか否かの差異は、引用意匠のその態様がわずかに先細状又はわずかな弧状としたまでであり、その差異はほとんど目立たず看者の注意を引くほどのものではないので、類否判断を左右する要素とするには微弱な差異と認められる。デッキ部におけるその幅の広狭の差や、区画部の有無の差異は、両意匠共、船首部上面にやや広幅で略平坦なデッキ部を形成したという特徴が顕著であり、形態全体としてみると、その差異は、この特徴的態様の中に包摂される微差の域をでないものである。さらに、船体上面周囲の縁部の角を斜状に切載したか否かの差異は、引用意匠の4隅の各角を小さく切り欠いた程度のもので、形状としてはさほど特徴はなく、形態への影響は認められず微差である。底部の山形の突起もこの種物品には普通に設けられるもので、本件意匠のみの特徴とすることができない。

座席の差異は、両意匠共、床面中央に設けた生簀と相対向する部位に直方体状の座席を設けたという共通する態様のなかにみられる差異であり、また、船首又は船尾の一側面に座席を設けることは、この種物品において普通に行われている部分的変更の範囲にすぎないもので、その差異を創作上の特徴として取り上げ評価する程のものではない。したがって、座席の差異点が意匠全体に与える影響は微弱なものといわざるを得ず、軽微な差異である。

以上のとおり、本件意匠と引用意匠は、意匠に係る物品が同一であり、基本的構成態様及び各部の具体的な態様を最も良く現す特徴的態様が共通するものであるから、形態上の基調をなす意匠の要部が一致するのに対し、いずれの差異点も類否判断を左右するには微弱又は軽微なものと認められるので、両意匠間に醸成される共通感を覆すに足る差異と認めることはできない。

したがって、特徴的態様を形成し、意匠的まとまりの基調をなす要部において共通する本件意匠と引用意匠は類似するものであるという外ない。

(5)  以上のとおりであるから、本件意匠は、意匠法9条1項の規定する意匠に該当し、同法同条に違背して登録されたものであるから、無効とする。

3  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)、a〈1〉は認める。同〈2〉のうち、引用意匠の平面形状を略長方形とし、この点において両意匠が共通するとした点、本件意匠の底面中央部から船尾までの形態を水平状とし、この点において両意匠が共通するとした点、また、引用意匠のデッキ部の形態を広幅とし、この点においで両意匠が共通するとした点はいずれも争うが、その余の基本的構成態様における共通点の認定は認める。同〈3〉は認ある。同(3)bのうち、引用意匠の底部をフラットであるとする点は争うが、その余は認める。同(4)及び(5)は争う。

審決は、両意匠の基本的構成態様における差異点の認定を誤るとともに審決が摘示した前記の各差異点以外の具体的構成態様に関する差異点を看過し、かつ、審決認定の差異点をいずれも微差にすぎないとしてその評価を誤り、両意匠は類似するとしたものであるが、これらの基本的構成態様及び具体的構成態様における差異点と審決摘示の前記各差異点を総合的、かつ、正当に評価すれば、両意匠は非類似の意匠というべきであるから、審決は、違法であり、取消しを免れない。

〈1〉  基本的構成態様における差異点の看過

(a) 平面視した本件意匠の船幅は、舳先から船尾にかけて一定の幅で形成された長方形をなしている。そして、本件意匠の4隅部が切除されていることを考慮したとしても、この平面形状が看者に長方形の印象を与えることを何ら妨げるものではない。また、底面視した場合には、一定の幅をもった直線状のキールが、長方形状を一層強く看者に印象づけるものである。

これに対して、引用意匠は、舳先寄り3分の1の部分が舳先に向かって漸次すぼめられているため、平面視、楔状様の印象を看者に与える。

以上の両意匠間の基本的構成態様における差異は、看者をして容易に両意匠が別異のものであることを印象づけるに足りるものである。

(b) 底面の形状について、本件意匠は、側面視、底面を船尾から中央部に向けやや下り勾配の斜状とし、中央部から船首に向け弧状を呈する斜状とする結果、正面図及び背面図において、底面中央部が船底本体よりも下方に山形に突出しているとともに、舳先部分において上方へ急角度で立ち上げ、この立ち上げの終端が舳先よりやや後退した位置に繋がる形状としているため、この立ち上げ部は、正面視、下向きの山形フラット面として現れている。

これに対し、引用意匠は、底面を船尾から船首近くまで水平状とし(したがって、前記のような突出部はない。)、それより前方部位を半径の小さな円弧部分を介して急な上り勾配の斜状とし、かつ、この斜状部位の終端を舳先に一致させているもので、つるっと丸みを帯びた何の変化もない形状となっている。

そして、この種のレジャー用ボートは、自動車のルーフトップに取り付けて運搬することが多いという物品の性質に照らすと、船底及び船尾の形状も看者の注意を強く引く重要な部分であるから、以上の差異は、両意匠の基本的構成態様における差異であって、かかる差異によって、側面視、本件意匠は、やや厚ぼったい印象を与えるのに対し、引用意匠は、やや薄っぺらな印象を与えるという点で相違し、この差異点は両意匠を別異の意匠として識別せしめるに十分である。

〈2〉  具体的構成態様における差異点の看過

(a) 本件意匠は、左右の舷側寄りにそれぞれ2本の縦線を横縞と直交するように形成するとともに、外側に位置する縦線から舷側に向け横縞間に細短線を多数形成しているのに対し、引用意匠は単に2本の縦線を設けているだけである。このため、本件意匠は、複雑な縞模様の印象を与えるとともに実際の寸法以上に船体内部が幅広であるような印象を与えるのに対し、引用意匠は、かえって幅狭な印象を与えるという点で相違する。

(b) 本件意匠は、生簀の上面をその底面よりもわずかに小さいものとし、側面には左右各2個、前後各1個の合計6個の四角模様が形成されている。これに対し、引用意匠は生簀の上面をその底面よりも極端に小さくし、側面には前後左右に縦溝が形成されている。しかも、本件意匠は、生簀の上面を他の部分と同色としているのに対し、引用意匠は生簀の上面を他の部分と異色としている。このため、本件意匠は、全体に占める生簀の存在感がやや希薄であるのに対し、引用意匠は生簀の存在が強調されたものとなっている点で相違する。

(c) 本件意匠は、船底の中心に、船首から船尾にかけて一定幅で、かつ表面が平滑なキール(竜骨)を貫設するとともに、このキールの両側を全長にわたってそれぞれ凹面に形成しているのに対し、引用意匠は、船底の中心に、船首から船尾に向けて細く、かつ、丸みを帯びたキールを形成し、かつ、キールは船尾の手前で消失させるとともに、キールの両側を平滑面に形成し、さらにその各平滑面には舷側寄りにそれぞれ突状を船首から船尾に向けて形成している。このため、本件意匠は、船首からみて角張った印象を与えるのに対し、引用意匠は丸っぽい印象を与えるという相違がある。

(d) 本件意匠は、船尾の外壁面を傾斜が極めて急な2段構成の立ち上げ面とするとともに、その外壁面の中央に矩形状の区画部を形成し、この区画部内に複数本の縦線を形成しているのに対し、引用意匠は、船尾の外壁面を傾斜の緩やかな1段構成の立ち上げ面とするとともに、その外壁面の両側部にそれぞれ上方に向かうに従って漸次深くなる凹部を形成し、さらにこれら凹部の内側に下すぼまりの突面を形成している。このため、本件意匠は、船尾からみて、シンプルな印象を与えるのに対し、引用意匠は煩雑な印象を与えるという点で相違する。

(e) 本件意匠は、舷側側の壁面をそれぞれ垂直面とし、生簀に対向する壁面を急斜面とした座席を、デッキ部に形成した矩形状の凸部から斜面を介して連なるように船首に一体に設けているのに対し、引用意匠は、舷側側の壁面を急傾斜の斜面とし、生簀に対向する壁面をそれよりもやや緩やかな斜面とするとともに、座面が他の部分と異色で、かつ、4隅部が丸められた横長の長方形状である座席を、船尾に設けている点で相違する。

〈3〉  審決認定の差異点を微差とした誤り

デッキ部についてみると、本件意匠のデッキ部は、長方形のボート本体と相まって、ほぼ長方形の幅広に視認でき、その中央部に形成した凸状区画部が船内に形成した座席に連なるため、この座席の天面に連なるデッキ部の上面は看者に広幅のデッキ部の存在を強く印象づける。

これに対し、引用意匠のデッキ部は、舳先に向かって漸次すぼめられた平面形状のボート本体の先端部に形成されたものであるから、先端縁がほぼ円弧状を呈している。このため、看者に狭い印象を与えることは明らかである。また、デッキ部から船内に連なるようなものはないから、この狭い印象は強いのである。

したがって、デッキ部に関する差異は決して微差ではない。

〈4〉  以上の基本的構成態様及び具体的構成態様における差異点は、両意匠の相違を十分に際立たせ、看者に非類似の印象を与えるに十分なものである。よって、両意匠を類似とした審決の認定判断は誤りであり、審決は取消しを免れない。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1、2は認めるが、同3は争う。審決の認定判断は正当である。

2  反論

〈1〉  基本的構成態様における差異点の看過について

(a) 原告主張の差異点(a)については、引用意匠の舳先寄り部分が舳先に向かってややすぼめられているが、これは具体的構成態様に係る事項であって、平面形状が略長方形という基本的構成態様の一致を何ら妨げるものではない。むしろ、舳先の2隅を切除していることで、両意匠の平面形状がより近似したものとなっているのである。したがって、審決が、平面視、長方形状において両意匠の基本的構成態様が一致するとした点に誤りはない。

(b) 同(b)については、両意匠を細部にわたって対比すれば、本件意匠の底面は、船尾から中央部に向けてほんのかに下り勾配である。しかるに、両意匠を各構成部分ごとに直接対比すれば、このような具体的態様に係る微細な差異を見いだし得るものの、意匠は全体として美的機能を発揮するものであるから、個々の要素にとらわれることなく、意匠を全体として判断すれば、両意匠共、底面は船尾から中央部にかけてほぼ水平であると認識できる。さらに、この程度の微差は、手漕ぎボートにとってありふれたものであり、意匠的に特徴を有するものではないから、これが看者に与える影響は少ない。また、底面のほぼ中央部から舳先に向けての形状について、円弧の半径の大小などを問題とするが、その差は極めてわずかであり、また、舳先部分の形状についての相違は、斬新なものとはいえず、全体的総合的な判断を行えば、微差の域を脱し得ないものである上、美的外観として特徴的な差異ではなく、到底顕著な差異点とはいえない。前述したような見地から、両意匠を全体的に対比考察すれば、両意匠の底面部の基本的構成態様は、中央部のやや船首寄りから、船首先端の舳先に向けて弧状を呈する斜状であり、それより後方部位が水平状であると認定することができるから、この点に関する審決の認定に誤りはない。

〈2〉  具体的構成態様における差異点の看過について

(a) 原告主張の(a)についてみると、両意匠共、多数の横縞を現しているから、堅牢な印象が与えられ、この点で斬新性を帯びるものである。左右の舷側寄りに横縞と直交する縦線の本数がそれぞれ2本であろうと、それぞれ1本であろうと、この程度の変更はありふれたものである。

(b) 原告主張の(b)についてみるに、生簀の基本的な形状は、前後に長い略四角錐台様であり、両意匠を全体的に判断すると、生簀の上面と底面との相対的な大きさの相違は極めて小さいものである。また、引用意匠の生簀の上面には、斬新な色彩が付されているわけでもなく、明度を中心とした色調で判断した場合、創作的価値は少なく、看者に与える影響は極めて少ない。

(c) 原告主張の(c)、(d)についてみると、両意匠共、船底の全体にわたってキールが形成されており、キールの丸み及び細さ等についても特に斬新なものとはいえず、その差異は軽微なものである。また、船尾の外壁面の形状の相違についても美的外観として特徴的な差異はなく、類否判断を行うための要素としては微弱なものである。特に船底や船尾の外壁面の形状は看者にとって注意を引く部分とはいえないし、見やすい部分ともいえないから、看者に与える視覚的影響は少ない。

(d) 原告主張の差異点(e)についてみるに、舷側側の壁面の斜面の急緩についても、意匠的に特徴的で斬新なものとはいえず、形態への影響は微差である。また、座席を設けることについては、創作的価値を見いだし得るが、その配置は極めてありふれたものであり、美的な効果を発揮し得ない。特にこの場合、両意匠共、中央に設けられた生簀と座席との相対的な位置関係が相対向しており、共通な態様の範疇に含まれ、一般的な使用態様の変更である。さらに、座席をデッキ部と一体に作成したか否か、座席の4隅部を丸めているか否かの差異は創作上の特徴として評価するほどのものではない。座席の色彩についても、引用意匠の座面に斬新な色彩が付されているわけではなく、明度を中心とした色調で判断した場合、創作的価値は少なく、看者に与える影響は極めて少ない。

〈3〉  差異点の評価について

両意匠のデッキ部の幅にみられる程度の差異は、斬新なものではなく、創作性を有するものとはいえないから、全体観察により総合的な判断を行えば、微差の域を脱し得ないし、本件意匠のデッキ部中央に設けられた矩形状の凹部についても、その厚さはわずかであり、これが看者に与える影響は少ない。

〈4〉  以上のとおり、本件意匠と引用意匠とは、意匠に係る物品が一致し、形態に関する基本的構成態様、各部の具体的な態様が最もよく現す特徴的態様が共通するものであるから、形態上の基調を成す意匠の要部が一致するのに対し、原告主張の各差異点は、いずれも細部の相違点の羅列にすぎず、類否判断をするには微弱又は軽微なものであり、両意匠間に醸成される共通感を覆すに足りる差異と認めることはできない。したがって、特徴的態様を形成し、意匠的まとまりの基調をなす要部において共通するから、両意匠は類似するとした審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1、2並びに本件意匠の形態が別紙1に、引用意匠の形態が同2にそれぞれ記載のとおりであること及び両意匠の意匠に係る物品が一致することはいずれも当事者間に争いがない。

2  まず、類否判断の前提となる両意匠の形態について検討する。

(1)  基本的構成態様における差異点看過の主張について

〈1〉  引用意匠の平面形状に関する原告主張についてみるに、引用意匠の形態を示すことに争いのない別紙2及び同意匠の図面に代わる写真であることに争いのない甲第3号証の2によれば、引用意匠の平面形状は、船尾から船首方向に向け船体の約3分の2を長方形状とし、船首寄りの残り約3分の1の部分を上記長方形部分の船幅の約10分の1程度の幅の勾配で船首方向に向けて先細り状とし、かつ、船首部を極めて緩やかな円弧状に形成していることが認められる。この事実によれば、引用意匠の平面形状は、子細に観察すれば、確かに船首寄り部分の前記先細り形状により楔状と称することも可能であるが、前記のとおり先細りの程度はわずかなものであり、また、船首部の円弧状の程度も前記のとおり極めて緩やかであるため、平面形状を統一ある全体として見たときには、看者に与える基本的な印象として、略長方形状の印象が楔状の印象をはるかに凌駕するものであるから、これを略長方形状と把握しても何ら差し支えはなく、したがって、この点の審決の認定判断に誤りはない。そうすると、両意匠が、平面形状、略長方形の基本的構成態様において(両意匠の平面形状が基本的構成態様に含まれることは当事者間に争いがない。)、一致するとした点も正当というべきである。

付言するに、本件意匠の略長方形状の基本的構成態様に具体的構成態様をも付加してみると、本件意匠の形態を示すことにつき当事者間に争いのない別紙1によれば、本件意匠においては、その4隅を斜状に切り欠いている上、その平面形状を子細に観察すると、船首寄りの約3分の1の部分をごくわずかではあるが先端部を先細り状に絞っていることが認められ、これらの平面形状における具体的構成態様は、相まって、本件意匠の平面形状が看者に与える長方形状としての印象を弱めることとなり、その結果、両意匠の平面形状における基本的構成態様における略長方形状が共通点として付与する類似した美感を一層強化しているものといわざるを得ない。なお、原告は、本件意匠の底面部の一定幅のキールの存在を考慮すると、本件意匠の略長方形の平面形状は一層強調されるとするが、キールの形状が平面形状に現れないことは明らかであるから、これが前記の認定判断を左右するものでないことは明らかである。

〈2〉  両意匠の底面外側の形状についてみるに、別紙1、2及び前掲甲第3号証の2によれば、本件意匠の底面部の形状が原告主張のとおりであり、引用意匠のそれが、側面視して、底面を船尾から船首近くまでを水平状とする結果、本件意匠にみられる底面突出部を欠き、また、船首部に近い底面部分を半径の小さな円弧部分を介して急な上り勾配の斜状とし、かつ、この斜状部位の終端を舳先に一致させていることが認められ、これらの事実によれば、両意匠の底面部の形状には、突出部の有無、船首部の舳先に至る形状等において差異があることは明らかというべきである。ところで、原告は、両意匠に係る物品、すなわち、この種のレジャー用ボートは、自動車のルーフトップに取り付けて運搬することが多いという物品の性質に照らすと、船底部の形状も意匠の基本的構成態様に含まれると主張するのでこの点について検討する。

意匠の基本的構成態様とは、当該意匠の骨格を形成する意匠態様をいうものであって、本件両意匠に係る物品が手漕ぎボートであることに照らすと、当然、その船底部の意匠を特徴付ける骨格的形状も当該ボートの意匠の基本的特徴を構成するものの一つとして、その基本的構成態様を形成するものであることはいうまでもないところである。そこで審決をみるに、審決はこの点について、「底面を中央部のやや船首寄りから船首先端の舳先に向け弧状を呈する斜状とし、それより後方部位を水平状とし、側面形状を略楔形とする」とする点を基本的構成態様として把握していることは、前記当事者間に争いのない審決の理由の要点に照らして明らかなところ、かかる底面形状が意匠の骨格を特徴付けるものであることは明らかであるから、審決の上記認定は正当というべきである。これに対し、原告が指摘する前記の突出部や船首部の舳先に至る形状等は、船底部の意匠の骨格を規定する前記の基本的構成態様を踏まえ、これを更に子細に観察した場合に把握される意匠的特徴であり、前記の基本的構成態様に付加された意匠的特徴というべきであるから、かかる形状は、具体的構成態様に属する意匠的特徴として把握すべきものというべきである。したがって、これらを基本的構成態様として把握すべきであるとする原告主張は採用できない。

もっとも、原告の前記主張は、本件意匠に係る物品の運搬状況に照らすと、船底部や船尾の形状も軽視すべきではないとする趣旨とも解されるから、前記の部位をいわゆる意匠の要部として把握すべきであるとの主張と解することもできるので、この点は後記の本件両意匠の対比判断の項において検討することとする。

〈3〉  引用意匠のデッキ部の形状についてみるに、別紙2及び前掲甲第3号証の2によれば、引用意匠のデッキ部の幅(船首先端部の平坦な部分)は、船首部から船尾までの長さの約10分の1と認められる。これに対し、別紙1によれば、広幅であることに争いのない本件意匠のデッキ部の幅(船首先端から凸状区画部までの部分)は、約9分の1と認められるから、この両デッキ部の幅の割合を対比すると、引用意匠のデッキ部を広幅とした審決の認定を誤りとすることはできないというべきであるから、この基本的構成態様において共通するとした審決の判断は正当である。

(2)  具体的構成態様における差異点看過の主張について

〈1〉  船体床面の縦・横線の形状についてみるに、本件意匠は、左右の舷側寄りにそれぞれ2本の縦線を横縞と直交するように形成するとともに、外側に位置する縦線から舷側に向け横縞間に細短線を多数形成しているのに対し、引用意匠は単に2本の縦線を設けているだけであることは、前記別紙1、2から明らかなところである。ところで、審決は「床面船体に船首に対して略平行な横縞を桟状に多数現し(た)」点を基本的構成態様における共通点として認定するに止まり、本件意匠の前記の「外側に位置する縦線から舷側に向け横縞間に細短線を多数形成している」点を認定していないことはその理由の要点に照らして明らかなところであるから、この点に差異点が存するとする原告主張は、この差異点が両意匠の類否の判断に及ぼす影響の程度は別として(この点は後に検討する。)正当というべきである。

〈2〉  生簀の形状についてみるに、別紙1によれば、本件意匠の生簀は、ほぼ船体中央部に略長方形状の長辺側を舷側側と同一方向に配置し、平面視、底面の4隅を円弧状に形成した略長方形状とし、上面をそれより小さい略長方形状とし(底面に対する上面の各辺の長さの比率は、短辺が約9分の7、長辺が約13分の10である。)、側面視、略4角錐台様に形成し、左右傾斜面に各2個、前後傾斜面に各1個の略小判型をした同形の模様を配し、生簀全体を同色にしたものと認められる。これに対し、別紙2及び前掲甲第3号証の2によれば、引用意匠の生簀は、その位置、平面視した底面及び上面の形状並びに側面視した形状を本件意匠とほぼ同じくし(ただし、底面に対する上面の各辺の長さの比率は、短辺が約12分の6、長辺が約15分の11である。)、前後左右の各傾斜面の中央部に底面から上面に通ずる細い溝状の模様を各1本配し、傾斜面に比べて上面をより暗調子にしたものと認められる。

〈3〉  船底部及び船尾外壁面の形状についてみるに、別紙1並びに同2及び前掲甲第3号証の2によれば、本件意匠及び引用意匠の船底部は原告主張のとおりであると認められる。

〈4〉  舷側側壁面の形状についてみるに、別紙1によれば、本件意匠の舷側側壁面は、船体中央部付近において、2段構成に平面を接続して船底部に向けて次第にすぼまるように形成するのに対し、船尾近くでは、舷側の中央部を略くの字型に外側に張り出させた形状としていること、生簀に対向する船体壁面は、船体中央部付近において、ほぼ垂直に近い壁面を2段構成に接続して船底部に向けて次第にすぼまるように形成したこと、座席は、生簀に対向する壁面を急斜面とし、デッキ部に形成した矩形状の凸部から斜面を介して連なるように船首に設けていることがそれぞれ認められる。これに対し、別紙2及び前掲甲第3号証の2によれば、引用意匠は、舷側側の壁面をわずかに曲面を帯びた急傾斜の斜面とし、生簀に対向する壁面を垂直に近い斜面にするとともに、座面が他の部分と異色の4隅部が丸められた横長長方形状の座席を、船尾に設けていることが認められる。

3  両意匠の類否判断について検討する。

(1)  本件物品に係る意匠の要部について

両意匠の意匠に係る物品が「手漕ぎボート本体」である点において一致することは前記のとおり当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第6号証(被告作成の「BOAT ACE」と題するカタログ)によれば、これらのボートは、1、2名程度の者が乗船し、海、湖、川等での釣りなどに利用されるもので、その運搬は乗用車の屋根に載せるなどして行われる全長2~3メートル程度の小型のレジャー用ボートであると認めることができ、他にこれを左右する証拠はない。そこで、本件物品に係る意匠の要部を検討するに、前記のような購入者、購入目的、利用状況並びに物品の規模及び構造等を考慮すると、看者の最も注意を引き付け易い部位は、ボートの意匠の骨格を形成する基本的構成態様部分の形状、なかんずく、利用者が座席についた状態から視認可能な船首部及び船体内部の骨格的な形状にあるものと思料するのが相当である。これに対し、上記以外の船底部や舷側部、船尾等における具体的構成態様はそれが従来のボートの形状に比して著しく個性的であるなどの新規な意匠的特徴を有すれば格別として、かかる特徴を欠く場合にはさほど看者の注意を引き付ける部位とはいえず、要部となり得ないものと解するのが相当である。原告は、ボート本体を自動車に積んで運搬する場合には、船底部の形状についても看者の注意を引き付けるから重視されるべきである旨主張するところ、確かに、このような運搬形態からすると、前記の基本的構成態様以外の船底部のみならず舷側部及び船尾等の具体的構成態様もそれなりに看者の目につきやすい部位であることは否定できないが、それはあくまでもボートの本来的な利用に至るまでの運搬時といういわば準備過程での視認に止まり、前記のようなボート本来の利用状況やこれを想定しての購入時等における看者の注意とは異なるものといわざるを得ないから、前記のような運搬状況をもって直ちに原告主張の前記部位等の形状を本件物品に係る意匠の要部とまで捉えることは困難といわざるを得ず、この意味において原告の前記主張は採用できない。

(2)  そこで、前項の観点から両意匠の類否を以下検討する。

(a)  まず、両意匠の基本的構成態様を構成する形状についてみると、原告は、引用意匠の平面形状を略長方形とした点、本件意匠の底面中央部から船尾までの形態を水平状とした点、及び、引用意匠のデッキ部を広幅とした点を除く審決の基本的構成態様の認定判断は認めるが、上記の各点における意匠の認定を誤った結果、審決は、両意匠の上記各点の基本的構成態様における相違点を看過する誤りを犯したと主張するので、以下、検討する。

まず、引用意匠の平面形状を略長方形とした審決の認定に誤りがないことは2(1)〈1〉で説示したとおりであり、この平面形状が両意匠の基本的構成態様に含まれることは当事者間に争いがない。次に、本件意匠の底面中央部から船尾までの形態が原告主張のとおりであり、この結果、両意匠の底面部の形状には、突出部の有無及び船首部の舳先に至る形状等において差異があること、前記の突出部や船首部の舳先に至る形状等は具体的構成態様として把握されるべきものであることは2(1)〈2〉に説示したとおりであり、したがって、審決が、「底面を中央部のやや船首寄りから船首先端の舳先に向け弧状を呈する斜状とし、それより後方部位を水平状」とした点を基本的構成態様における共通点とした判断に誤りはない。さらに、引用意匠のデッキ部を広幅とみて差し支えがないことは2(1)〈3〉に説示したとおりであるから、両意匠のデッキ部が共に広幅である点において基本的構成態様が共通するとした審決の判断に誤りがない(なお、デッキ部の形状が基本的構成態様に含まれること自体を原告が争う趣旨でないことは、前記主張の趣旨に照らして明らかである。)。

以上によれば、審決の基本的構成態様に関する認定判断に誤りがあるとすることはできないものというべきであり、これらの基本的構成態様を構成する形状を前項に述べた観点から検討すると、基本的構成態様のうち、特に、平面形状を略長方形にするとともにデッキ部を広幅に形成した点は、凹状の船体内部の船底部に配した横縞模様等と相まって、小型の船体でありながら、広々として、ゆとりと安定感をもつ船体内部との印象を看者に強く与えるものであり、この点において両意匠の基本的な美感の共通性を看者に強く印象づけるものというべきである。

そして、かかる基本的な美感の共通性はその余の審決認定の基本的構成態様及び具体的構成態様の一致点とも相まって両意匠の美感の共通性を基礎づけているである。

(b)  原告は、審決は具体的構成態様における相違点の評価を誤り、類否の判断を誤ったと主張するので、以下、これらの点を検討する。

まず、本件意匠が船体内に配した横縞の間に細短線を多数形成している点であるが、この線は2(2)〈1〉に認定したとおり、外側に位置する縦線から舷側に向け横縞間に細短線を多数形成しているものであるが、この線は多数のその他の横線と表現手段を同じくするとともに文字通りの細短線であることから、多数の横縞と縦線を配した模様が奏する美的な基調の同一延長線上にあるものと評すべきものであって、質的な差異をもたらす程の意匠的特徴とはいえず、この差異点を考慮に入れてみても、両意匠の類似した美感を到底左右するものとはいえない。次に、生簀の形状に関する差異点についてみるに、両意匠の生簀を対比観察してみると、確かに、原告主張のように、2(2)〈2〉に認定したとおりの差異点が存するところであるが、底面と上面の大きさの比率の違いは、単なる量的な差異にすぎないため、対比観察して始めて気がつく程度の差異であり、また、生簀傾斜面に配した模様の差異は、略小判型を配した本件意匠の模様自体格別新規なものとはいい難く、さらに引用意匠における色彩の違いも単なる明度の違いにすぎないものであるから、本件意匠に係る物品が「手こぎボート」という比較的大きな物品の意匠であることをも勘案すると、両意匠の生簀の略四角錐台様の基本的な形状が奏する類似した美的な基調に吸収される程度の微細な差異というほかない。また、船底部及び船尾外壁面の形状において、原告主張の差異(請求の原因3(2)(c)、(d))が存することは、2(2)〈3〉に認定のとおりであるが、これらの部位は本件意匠に係るボートの運搬が自動車等で行われるという事情を考慮しても、前記の基本的構成態様、殊に、平面形状やデッキ部の形状等に比して、さほど注目される部位でないことは既に前項に述べたとおりであり、しかも、その差異点も、格別新規な意匠的特徴を有するものとは認めがたいところであるから、これらの差異点も微差にすぎないというほかない。さらに、舷側側の壁面及び生簀に対向する壁面並びに座席の形状、色及び位置等における各差異点は、2(2)〈4〉に認定したとおりであるところ、舷側側の壁面及び生簀に対向する壁面の形状は要部ではない上、差異自体顕著とはいえず、また、座席における位置の違いは、本来、座席は適宜便利な場所に設けるべきものであることからすると、さほど大きな意匠的影響はなく、座面の4隅部を丸めた形状は座面としてはごくありふれた形状であり、明度の差異も大きなものとはいい難いことからすると、これらをもって、前記の両意匠に共通する美感を左右するほどのものと評価することは到底できない。また、原告主張の船底部における突出部や船首部の舳先に至る形状の差異についてみると、前者はさほど顕著に突出するものではない上、その位置からしても要部とはいえず、後者は基本的構成態様を構成する両意匠に共通する広幅のデッキ部の下に位置することからさほど目立つ差異とはいえず、結局、これらの具体的構成態様における差異を類否判断に影響を及ぼすほどの差異と評価することはできない。

次にデッキ部の広狭に関する原告主張についてみるに、確かに、本件意匠のデッキ部はその中央に位置する凸状区画部が座席の天面に連なるような印象を与えることから、看者に広い印象を与えることは原告主張のとおりである。しかしながら、引用意匠のデッキ部を広幅と認定することに誤りがないことは、既に認定のとおりであるから、結局、両者の差異は共に広幅のデッキにおける程度の違いにすぎないものであって、その程度もさほど顕著なものでないことは、既に認定したところから明らかというべきである。そうすると、デッキ部における原告主張の差異をもって、大きな差異と評価することは困難といわざるを得ない。そして、これらの具体的構成態様における差異を総合してみても、前記の基本的構成態様、殊に、平面形状を略長方形にするとともにデッキ部を広幅に形成した点が、凹状の船体内部の船底部に配した横縞模様等と相まって奏する広々として、ゆとりと安定感を看者に与える点という両意匠に共通する基本的な美感を凌駕するものとはいえないというべきである。

(c)  以上の次第であるから、両意匠が類似するとした審決の認定判断に原告主張の誤りがあるとすることはできない。

4  よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

別紙1

〈省略〉

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別紙2

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